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2021-01-10 (Sun) 01:53

戦国時代に思いを馳せる(2)

IMG_1297.jpg

やっこの曾祖母のご先祖様(塚本某)は
伊勢長島藩の御家老でした。
そこまでは祖母からは聞いていましたが、
名字の由来を検索していたら、
やはり長島藩の士族という記載を見つけました。
しかしそれ以上の記載は無く、
ご先祖様がどんな方だったのかは謎のままでした。
しかし色々調べていくうちに、
「塚本小大膳(つかもと こたいぜん)」
という人物にぶつかりました。
彼は尾張国海部郡(長島の近く)の豪族だったらしく、
その後、信長の家臣となった人物のようです。

信長の馬廻衆として活躍。

馬廻衆というのは武将の馬の周囲に付き添い護衛する役目から伝令や
決戦の際の兵力として活躍を期待された職制の一つで、戦時下にない平時には、
武将のの護衛となり側近として事務的な職務も果たしています。
普通は小姓や有力豪族の次男、三男がなっていたのだそうです。
ということは小大膳は塚本家の次男か三男?。


1569年の伊勢攻略から1582年の高遠城攻陥のころまで
多くの合戦や一揆で活躍していたという記録が残っています。

特筆すべきは、1575年に女城主で有名な
美濃国岩村城の降参の取次を
小大膳が行っているのです。

やっこは5~6年前に岩村城を訪れていますが、
ご先祖様が信長から大役を仰せつかって
参じていたとは!
夢にも思いませんでした。

また、信長と奥方の帰蝶(濃姫)の信頼も厚く、
嫡男の信忠(奇妙丸)の後見的な役職にも
就いていたという文献も見つけました。

このような人物でしたから
明智光秀の近くにいたのではないかと
思われます。


本能寺の変では、たまたま京都にいなかったようで
助かったようなのですが、追われる身となり(?)、
その後美濃国で隠遁生活をしたとも・・・
曾祖母の実家は小大膳の直系なのか、
塚本の本家だったのかよくわかりませんが、
小大膳の身内なのだと踏んでいます。
t02200147_1871124714193802753.jpg
小大膳が信長から拝領した地(岐阜市岩利)には
彼が祀ったとされる
岩利八幡宮があります。
案内板にも明記されているようです。
(写真は鬼丸のブログさんから拝借させて頂きました)

歴史のロマンは膨らみますが
すべてが解明されることはないでしょう。

塚本家の現当主とは幼少期に
会ったことはあるのですが
今現在、何処でどうされているのかは
全くわかりません。
ご実家にいるのかなぁ?
やっこのことを覚えているかどうか・・・
半世紀ぶりに会って真面目な話を
してみたいです。


昔のように電話帳があれば、
調べることも出来るのですが
個人情報云々でそれも難しいですね・・・。



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最終更新日 : 2021-01-10

こんにちは。 * by 静
いろいろ調べられたのですね。
ご先祖様だと思われる方が、記録に残っているのは素敵ですし、ロマンがありますね!

コメントありがとうございます。 * by やっこ
☆静さんへ
一昔前なら地元の図書館や郷土史家、
お寺を探して調べていたと思うのですが、今はネットでサクッと検索出来るので調べるのはあまり手間取りませんでした。
これからもどんどん情報が出てくることを期待しています。

* by tohogama
こんにちは。
以前コメントいただいた「四季折々を遊ぶ」の管理人の道楽親父です。
小大膳さんは信長の馬廻りであったので次男または三男であった可能性があります。三郎兵衛という呼び名もあったようです。信長に仕えた当初は赤目村に居たようなので、やっこさんのご先祖と繋がるかもしれません。現在は木曽川が暴れて元の位置はよくわかりません。当時のままなら塚本家が建てた寺などあったかもしれません。残念ながら残っていないと思います。
小大膳さんが次男であれば嫡子のご本家筋がやっこさんのご先祖様かもしれませんね。

コメントありがとうございます。 * by やっこ
☆tohogama さんへ
コメントありがとうございます!
tohogama さんのブログを訪ねた時に、遠い親戚に出逢えたような
思いがしました。
赤目村、長島と木曽三川に囲まれた地なので何度も水害に遭い先祖の
墓や記録も流れてしまっているのでしょうね。
一向一揆や度重なる水害の中、よく塚本家は続いてきたと思います。
いつの日か曾祖母の実家の塚本さんと出逢えると良いのですが・・・。
また色々と情報がありましたら、お知らせください。

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こんにちは。

いろいろ調べられたのですね。
ご先祖様だと思われる方が、記録に残っているのは素敵ですし、ロマンがありますね!
2021-01-10-14:41 [ 返信 * 編集 ]

コメントありがとうございます。

☆静さんへ
一昔前なら地元の図書館や郷土史家、
お寺を探して調べていたと思うのですが、今はネットでサクッと検索出来るので調べるのはあまり手間取りませんでした。
これからもどんどん情報が出てくることを期待しています。
2021-01-12-13:24やっこ [ 返信 * 編集 ]

こんにちは。
以前コメントいただいた「四季折々を遊ぶ」の管理人の道楽親父です。
小大膳さんは信長の馬廻りであったので次男または三男であった可能性があります。三郎兵衛という呼び名もあったようです。信長に仕えた当初は赤目村に居たようなので、やっこさんのご先祖と繋がるかもしれません。現在は木曽川が暴れて元の位置はよくわかりません。当時のままなら塚本家が建てた寺などあったかもしれません。残念ながら残っていないと思います。
小大膳さんが次男であれば嫡子のご本家筋がやっこさんのご先祖様かもしれませんね。
2021-01-13-16:52 tohogama [ 返信 * 編集 ]

yacco コメントありがとうございます。

☆tohogama さんへ
コメントありがとうございます!
tohogama さんのブログを訪ねた時に、遠い親戚に出逢えたような
思いがしました。
赤目村、長島と木曽三川に囲まれた地なので何度も水害に遭い先祖の
墓や記録も流れてしまっているのでしょうね。
一向一揆や度重なる水害の中、よく塚本家は続いてきたと思います。
いつの日か曾祖母の実家の塚本さんと出逢えると良いのですが・・・。
また色々と情報がありましたら、お知らせください。
2021-01-15-00:51 やっこ [ 返信 * 編集 ]

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2023-09-29-13:07  [ 返信 * 編集 ]